不幸の連鎖で金融の動きが収縮してしまう!

2008年9月のリーマン・ショックは,金融危機が単なるサブプライム問題という次元をはるかに超えたことを鮮明にしました。盤石と思われていた世界の有力銀行や証券会社、保険会社が突如として資金のやりくりに四苦八苦し、ついには経営に行き詰まる事態に陥ったのです。

米政府やFRBが巨大金融機関を経営破綻させる展開は、最後は金融当局が救済策に乗り出すだろうとみていた多くの関係者の予想を裏切りました。これをきっかけに,金融機関や金融市場参加者は「お互いを信じられない状態になったのです。

相手におカネを貸し付ける行為を英語で「クレジット」といいます。日本語では「信用」「信頼Jという意味に当たります。融資のことを「与信(信用を与える)」と呼びます。金融機関は「後できちんとお金を返してくれるだろう」と信頼しなければ、資金を貸してはくれません。店頭で示すだけでお店やサービスの支払いを立て替えるクレジットカードも同様です。

カード会社は、カード所有者の返済能力がどこまであるかを見極め、その範囲で融資や立替払いをしています。景気が好調なときは,金融機関は相手先の返済能力をより高く評価できるようになり、より多くの資金を貸し付けて、金利や手数料などの収入を増やすことができます。

これが繰り返されれば、融資残高は雪だるま式に増えます。景気や金融市場の成長に対する過信も加わり、信用バブルが膨らんだのです。反対にその信用が成り立たなくなると,お金を持っている機関投資家や金融機関などは警戒して自らが手元に持つ資金を外に出したがらなくなります。

貸出先が倒産して融資を返してもらえなくなれば,自分の損失になってしまうからです。リーマンの破綻はまさに、こうした信用の崩壊を意味していました。まず、銀行同士で短い期間の資金をやりとりする「銀行間市場」が凍りつきました。リーマンのように経営破綻に追い込まれる金融機関が出てくることはないか、という疑心暗鬼の見方が広がり、銀行が市場に資金を貸し出すことを一斉に手控えたのです。

米国だけでなく欧州各国やカナダなどでも、民間銀行のドル資金調達が非常に苦しくなり、「ドル資金が枯渇する」(白川方明日銀総裁)という事態に見舞われました。各国の中央銀行は互いに資金をやりとりする国際協調に乗り出したり、 自国の金Hl市場に多めの資金を出したりといった対策に追われましたが、資金の流れが目詰まりを起こす「信用収縮」にはなかなか歯止めがかからなかったのです。

金融機関自身が資金を用立てることが難しくなれば当然、民間企業や家計に対する貸し出しの余力も衰えます。こうして金融危機の影響は実体経済にも及んできました。特に全世界の経済を大きく左右する自動車産業は「ビッグスリー」と呼ばれる米国の三大メーカーを筆頭に、大打撃を受けました。日本のトヨタ自動車や日産自動車なども需要の急減で業績が急激に悪化しました。企業や家計がモノを買ったり,事業や生産を拡大するために投資をしたりする時には、手元資金でまかなえないお金を証券市場での債券発行や金融機関からの借り入れなどで外部から集める必要があります。

金融機関が貸し出しを渋ることで十分な資金調達ができなくなると、企業や個人は予定していたモノの購入や投資を手控えざるを得なくなります。ひどい場合には日常の売り買いゃ取引に必要な現金が手元になくなり,企業の資金繰りが行き詰まってしまいます。米国の自動車危機は、借金をしてクルマを購入するのが一般的である米消費者が、貸し渋りの影響で簡単にローンを借りられなくなったことで増幅した面があります。

企業が投資を手控えたリモノの生産を減らしたりすると、雇用が余りがちになります。事態が悪化すれば、人員削減や賃金の引き下げといった手段をとらざるを得なくなります。将来の雇用に対する不安が高まれば、人々もお金を使わなくなります。経済のなかで大きな比重を占める個人消費が低迷すれば,需要がさらに減って,企業が生産抑制に走るといった悪循環に陥りかねません。

 

 

 

 

 

 

 

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サブプライムの焦げ付きが大きく影響しています

米欧などの有力な金融機関は傘下のノンバンクや投資会社なども活用して、自分の身の丈をはるかに上回るような巨額の資金を手に入れて融資や投資を膨らませ、利益を稼ぎました。ゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレー、破綻したリーマンといった米国の投資銀行は株主資本利益率 (ROE)という経営指標で20%を超えるような高い収益をあげ、世界の金融ビジネスを率いる存在となっていました。

こうした米国型モデルの勢力拡大の裏側で膨らんでいたのがいわゆる「信用バブル」です。典型例が「サブプライムローン」と呼ばれる、2003年ごろから米国で急速に残高を伸ばした住宅ローンの仕組みでした。プライムとは英語で最良、最重要を指し、ローンを貸しても確実に返してくれる信用度の高い顧客という意味があります。

そこに「下位」という意味の「サブ」が付いたサブプライムは、 クレジットカードの延滞履歴があるなど貸したお金が返ってこなくなる危険度が比較的高い(信用度が低い)低中所得者を対象とした個人向けの住宅ローンを指します。銀行などが貸し出すプライムの住宅ローンは,米政府の厳しい審査基準を満たす必要がありますが、住宅ローン業者が貸すサブプライムは貸付金利が高い代わりに、厳しい審査も必要としませんでした。

金融工学や確率論を駆使した証券化という手法を活用することで、金融機関はサブプライムの融資を増やすことが可能になったのです。こうした融資をした住宅ローンの貸し手が,融資の返済を受ける権利(債権)を証券のかたちに変えて、投資家などに転売する方法のことを「証券化」と言います。

サブプライムローンの証券化商品は、多くのローン債権をそれぞれ細かく分けて、別のローン債権の一部と組み合わせることで、高利回りの証券に仕立てたものです。仮に一件のローンが焦げ付いたとしても、貸し倒れの損失を負う危険性(リスク)が分散されるので、あたかも安全な商品のように見えました。米国の投資銀行はこれらをさらに加工して、住宅ローン担保証券、債務担保証券と言った数多くの金融商品を世界の金融機関や投資ファンドに売りさばきました。

また、高度な金融技術を応用した金融派生商品(デリバティブ)と呼ばれる商品の一種であるクレジット・デフォルト・スワップ(credit Default Swap,cDS)も 、 保険会社や証券会社が積極的に機関投資家に販売しました。 CDSとは一定の保証料を払えば企業が倒産して融資を取り返せなくなった時の損失を肩代わりしてくれる仕組みで、市場が急拡大しました。

サブプライム証券化商品のような新しい存在の金融商品は極めて複雑にできており、どんな債権が含まれているのか、 損失がどの程度まで膨らむ可能性があるのかなどが把握しにくくなっていました。本来なら金融のプロであればその危うさに気づくはずですが、長年にわたる好況や資産価格の上昇のなかで警戒感が緩んでいたと言われても仕方がないでしよう。

とくに米国の住宅価格は1990年代以降、一貫して上昇傾向を続けていました。サブプライムローンは収入が低いなどの理由で住宅購入が難しかった人々にもマイホーム取得のチャンスを与えた画期的な商品として一時脚光を浴びました。多額のローンを借り入れたとしても、融資の担保である住宅物件の値上がリペースが速かったので、低所得の人も住宅を担保として差し入れればいつでも借金を返すことができたのです。値上がり益を見込んで,住宅資金を融資する「ホーム・エクイティ・ローン」といった商品も登場しました。

しかし、 もちろん住宅の値下がりが始まれば、ローンを借りた人が返済資金を手当てできず、担保の価値も下がって融資が焦げ付くことになります。米住宅市場の代表的な指標であるS&Pケース・シラー住宅価格指数(www.homeprice.standardandpoors.com)は主要20都市平均で2006年8月から下落に転じました。しかし長年にわたり右肩上がりで伸びた資産価格の動きに慣れていた人々の間では、バブル崩壊への警戒は緩みがちでした。

2007年8月のパリバ・ショックは、こうした甘い見通しが一気に崩れるきっかけとなりました。サブプライムローンの延滞や焦げ付きで証券化商品の価値が激減し、金融機関の損失が一気に膨らむのだという現実を世界中に知らしめました。住宅バブル崩壊の震源地である米国だけでなく、欧州の金融機関が苦境に陥ったことも、問題の深刻さを浮き彫りにしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

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経済と金融市場の激変をもたらす2つのショックとは!

優子ですこんにちは、今日からいよいよ金融についてのブログをスタートさせました。金融についていろいろ勉強をしながら作成していきますので宜しくお願いいたします。

2007年8月9日と2008年9月15日.この2つの日付は、世界の経済と金融市場の激変をもたらすショックが起きた日として記憶に残ることになるでしょう。米住宅市場の活況や金融技術の発展のもとで膨らんだ「信用バブル」がはじけ、猛烈な逆回転を始めたのです。

企業の株式やドル、円といった為替(通貨)を売り買いする国際金融市場にまず大きな衝撃が走ったのに加え、影響は金融機関の経営危機や実体経済の急減速といった形で、広い範囲に波及しました。前者の2007年8月は「パリバ・ショック」と呼ばれています。フランスの大手金融機関BNPパリバの傘下で、投資家や富裕層の人々から巨額のお金を集めて運用していた3つのヘッジファンドと呼ばれる投資基金が、資金の手当てに困って資産を凍結したのです。

その背景には、米国での住宅価格高騰に乗じて伸びていた「サブプライム(subprime)ローン」と呼ばれる金融商品が、住宅市場の悪化で次々と損失を出していたことがあります。 後者の2008年9月は「リーマン・ショック」です。証券化商品の販売で高収益をあげていた米国の大手証券会社、リーマン・プラザーズが巨額損失に見舞われてしまい資本が足りなくなるという懸念が強まって突然の経営破綻に追い込まれました。

米証券大手のメリルリンチは大手銀行バンク・オブ・アメリカに救済合併され、巨額の損失を抱えた保険会社大手の AIG(アメリカン・インターナショナル・グループ)は実質的に国の管理下に人って何とか破綻を免れるという。いわば総崩れの事態になりました。業界をリードしていた有力金融機関の経営が、突如として激しく揺れ始めたのです。

グリーンスパン米連邦準備理事会(FRB)前議長が議会証言で語ったように、一連の動乱は金融市場にかかわるプロも想定しなかったような規模と速さで広がりました。それを端的に表したのが株価の動きです。リーマン・ショックで危機を実感した投資家はこれ以上の損失を出すことを嫌い、大きく相場が動くような「リスク資産」への投資を慌ててり|き揚げました. リスク資産の代表格である株式の相場は世界各国で軒並み急落しました。

世界全体で取引される株価を足し合わせた「時価総額」は2008年末時点で31兆ドル(当時の為替相場で2800 兆円)となり、2008年初の約60兆ドルから1年間で半分に減りました。新興国であるロシアも1年で70%超、インドは50 %超の大幅な下落です。米欧の先進国だけでなく、 世界中に危機が広がったことを示しています。

金融危機は世界の実体経済も揺るがしています。世界各国が出資して経済危機の防止や危機国への支援にあたる国際通貨基金(lMF)は、2009年3月に出した経済見通しで世界全体の実質経済成長率がそれまでの4-5%の高い成長から 2009年通年で戦後最悪のマイナス成長に転落すると予測しました。IMFのその後の集計では2009年の世界経済はマイナス0.5%で、米国,欧州のユーロ圏のマイナス中日はそれぞれ 26%、41%り。日本はマイナス6.3%とさらに大幅な落ち込みに見舞われたのです。

金融に不安が広がると、なぜ経済全体に悪影響が及ぶのでしようかしまた、 これほど大規模な金融の波乱がどうして起きたのでしょうか。こうした疑間は「金融とは何か」を理解するうえで、格好の生きた教材となります。そこで今後 この大規模な金融・経済危機の展開やその原因などについて解説したいと思います。
そして経済を循環するお金の役害や金融の担い手が果たす機能といった金融の基本問題についても記して行きたいともいます。その応用として新しい金融の流れや将来像についても考えてみたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

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娘の大学進学費用のためにしっかり収入を増やしたいと決意しました!!

今年40歳になる優子です。子供の頃は静岡の三ヶ日町の田舎でのびのびと自然の中で暮してきました。ミカンやウナギで有名なところでのどかな生活をおくっていました。そんな訳で高校卒業までは地元ののんびりとした空気の中で生活していましたが、就職を機に東京へ上京することになりました。それからというもの生活が一転し、静岡の地元しか知らなかった私には東京での生活が新鮮で驚きの連続でした。

その当時の勤め先は高田馬場にある大手印刷会社で、高田馬場駅から坂を下り神田川を渡って、その先の大きな新目白通りを横断し右に少し行った明治通りよりのところに会社はありました。そこの印刷会社は毎年多くの新入社員を取っていて、地方からの新卒者を主に雇っている会社でした。そのため大きな工場の施設内には出稼ぎの若者たちの独身寮が併設されていました。もちろん私もその独身寮で共同セイカツをスタートさせる事となりました。

当時地元を離れて生活するということが今までなかったので私はとても不安でしたが、実際に働き始めてみるとその心配は無縁でした。むしろ1人でいる時間がほとんどない状態で、寂しいという気持ちは全くありませんでした。またここでの生活は皆年齢がみな近いということもあり、楽しく過ごすことが出来たのです。

そして夜になると気の合う寮生数名で会社の寮から抜け出して、明治通りと新目白通りの交差点のところにある当時近所で評判の看板の出ていないラーメン屋さんによく食べに行っていました。

店先は道路に面していてはいるのですが、表のガラス戸が全て黒いスプイレーで塗られていて知らない人はチョット入りたくない様相を醸し出しているお店です。そんな店ででしたので毎回みんなでワクワクしながら食べに行っていたものです。
そこからは早稲田にも近くちょっと歩くと有名な飲食店などがたくさんあり、三ヶ日町から急に世界が開けた感じがして本当に驚きの連続で楽しい毎日を送ることができました。

まぁそんな楽しい生活を毎日おくっていた私は、ご想像の通り1年ほどするとなかの良い両性の一人と付き合うように成りました。私より五つ年上の先輩で当時寮長をしていて女性達からは割と人気者でした。付き合い始めてからは実際にはいろいろありましたが、その彼と 6年ほど付き合って結婚することになりました。

結婚と同時に都電の面影橋駅近くの神田川沿いのマンションに引っ越しました。会社から歩いて5~6分という立地条件でしたので通勤も近かったので大変助かりました。すぐ近所に神社もあって夏祭りの時は、大好きな屋台のお好み焼きをいつもお腹がいっぱいになるまで食べるのが楽しみでした。
その後間もなく1人目の娘もできて、その3年後には長男も誕生しました。絵に描いたような幸せな家庭を持つ事が出来ました。その当時は全てが順調で、こんな幸せが一生続くものと私は疑う余地もありませんでした。

そして月日は流れて、現在ではその長女も15歳になり昔を振り返ると時間が経つのは本当に早いもんだなぁとつくづく思わされます。
そんな私の現在はと言うと、実は40歳を目前にはいまはシングルマザーで子供達を育てている状態なのです。結婚生活は5年ほどで旦那の借金が原因で離婚する事に成ってしまい、それからと言うもの女手1人で懸命に2人の子供を育ててきました。

離婚後は勤めていた印刷会社に残ることも考えたのですが。社長のご好意で、調布にある取引先の会社に事務員として雇ってもらうこととなりました。
今まで懸命に子育てに専念してきましたが、今では上の娘も高校に進学の年齢になり徐々に手がかからなくなってきました。

子供達には片親ということでやはりかなり不自由な思いをさせてしまい、生活の面でもで迷惑をかけてしまってきたと言う負い目を感じています。本当であれば幸せな家庭の中で育てていくことができたらよかったなぁといつも反省しています。本当につらい思いをさせてきてしまって2人の子供達には「ごめんね」という気持ちでいっぱいなのです・・・!

これから先の子供達の幸せを考えればやはり大学へ進学させたいという親の気持ちはあります。幸い2人の子供達は道をそれることもなく真面目な子供たちなんです。
長女は高校卒業後やはり大学へ進路を進みたいという希望があるようです。親の私には苦労を掛けたくないと何一つ言わないのですが、娘の部屋の参考書を見ると大学入試に関わるものがたくさんあるのです・・・

これを見た時に、私は胸がいっぱいになってしまい言葉に詰まりました・・・  親として決意しました・・・
親である以上親としてできることは全てしてあげたいという気持ち、

私は大学の進学費用を稼ぐことを決意しました。しかし40代に入りだんだんと体の不調が出てくる年代に入ってくるとは思いますが、幸い今はこれといって何一つ不調もなので今のうちに収入を増やすことができるように動き始めています。

もちろん若い頃と比べれば体型も崩れてきているし、お肌だって20代のようにはいきませんから年齢というものをしっかり感じていますし、どこまで出来るのか正直不安もあります。
健康管理もしっかり考えて、また女性である以上を若さも保ちながら・・・なんて思いもあるのですが、実際にはそんなことも言ってられないこともわかっています。

だからこそ今のうちに結果を出さなければいけないと思っているのです。そのような理由から収入を増やす必要があり今よりも給料のいい仕事なども探してはいるのですが、それと同時に少し前から株取り引きの勉強をするようになりました。

また効率よく収入を増やすために何をするべきなのか、どういう風にお金を増やしてけばいいのかということを勉強しています。日本円とドルの関係や為替相場に対する基本的な事からしっかりと学んでいき、株の取引でも収入を増やしていこうと考えているのです。

そんな事で、このブログにはお金にまつわる勉強した成果なども書いていこうと思いますので、ぜひ参考にしていただければと思います。
なにぶん初心者ですので、間違った情報を書かないように気をつけていきたいと思いますので暖かい目で見守っていただければと思います!!

 

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